私が望んだもの
特別だった自分
幼児期
私は非常に恵まれていた。私はよく旅行へ行った。おじいちゃん、おばあちゃん、おかあさん、おとうさん、私
おじいちゃんはお金持ちだった。会社を経営していた。私はよくハワイへ連れて行ってもらった。すごくやさしかった。私が欲しいものをいうとすぐに買ってくれた。でもおじいちゃんは私が園児の時に死んでしまった。おかあさんもおばあちゃんも泣いていた。私も悲しくなった。
児童期
おじいちゃんが死んでしまって前よりは貧乏になった。でも計算するのが早かったし友達もたくさんいた。私は何でもできると思っていた。誰よりもかしこいと誇っていた。
でも家に帰るのが憂鬱だった。おかあさんとおとうさんはよくケンカをしていた。
だから私は嫌なことから目を背け続けていた。
思春期
私は急に周りの目が気になり始めた。自分の見た目も声も何もかもが嫌いになった。言葉数も少なくなっていき、一人ぼっちになった。そこで私は自分が特別な人間ではないということに気づき始めた。
そして私よりも優れた人に嫉妬し始めた。母親とけんかすることが多くなった。
精神が不安定になっていくのを感じ始めていた。そして今までの自分がどれだけ恵まれていたかを再確認した。昔の私がうらやましくなった。
心身ともにつらくなったが私にはまだ夢があった。途方もない夢だとは自覚していた。
しかし私は頭がよかったので本当にかなうのではないかと思い始めていた。
青年期
私は自身が井の中の蛙であることを知った。私は自分が特別でないということを完全に自覚した。そして特別であると思い込んでいたからこそ、安寧に生きることができていたのだと知った。私はますます不安定になっていった。
今
私は自身が本当に望んでいたものに気が付いたが、気づいたところで無意味だと理解した。私は特別な人間でないのだからどうしようもないのである、と無気力ながらにただ考えただけであった。